色紙に毛筆が書けるか?

色紙の作成をまかされた

お世話になった方へのお祝いに色紙へ寄せ書きのデザインを、しなくてはいけなくなった。

おしゃれな似顔絵イラストとかは書けないし、真ん中のメインの絵の部分に毛筆でお祝いの言葉を書けたらいいなと思う。

毛筆フォントを探してみたけど、なんたわかしっくりこない。

かと言って、自分には人様に喜んでもらえるような毛筆の書をしたためる能力はない。

それでも下手なりにでも、気持ちを込めて書けば、相手の方は喜んでくれるだろうか?

それともふざけているように受け取られてしまうだろうか?

毛筆では書けない

直感的に書くべきでないと感じた。

しかし、なぜ自分はそう感じたのだろうか?

下手なりにでも一生懸命書けばそれでいいんじゃないかという考えもあるだろう。

しかし、やはり書くべきでないという感じが強い。

なぜそう思うのか、ちょっと気になったのであれこれ自問自答した事を書いてみる。

なぜ書くべきでないと感じたのか、それは全く毛筆の経験が無いからか?

いや違う、そこにギフト性が無いからだ。

ここで言うギフト性とは、ある人が何かに取り組んできた実績をプレゼントすることを言う。

自分が何かに取り組み、得てきた知見やスキルが活用されることがギフトだ。

なんの積み重ねもないのに毛筆を書いて、仮に見栄えのよいものができたとしてもそれはまぐれであり、ギフトにはならない。

上手である必要はないが、普段の取り組みや努力があって、それを披露するという意味合いがなければ失礼になるのではないだろうか。

ブログネタやユーチューバーも同じ

これは、ブログやユーチューブにも言えることかもしれない。

よく、アマチュアが誰でも情報発信できる時代になったと言われる。

むしろマスメディアの方が作り込まれ過ぎていて、アマチュアの生の情報の方が面白いとまで言われるようになった。

しかし、だからといって全く価値のない発信内容もある。

その違いは何だろうか?

時間をかけたこと・体験を得たこと、好きだとかのこだわりがあることなんかをネタにしているかどうか、つまりそこにギフト性があるかどうかではないだろうか?

よくユーチューバーが、初体験の実況をやっていてたりもするが、それは単なる初体験なのではなく、その人が好きでこだわっている「ぶっつけ本番体当たりのドキュメント」という企画の実践なのである。

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